こんにちは。「上田知樹の日々の出来事」です。
今回もよろしくお願いします。
今日は広島市に原子爆弾が投下された日ですね。第二次世界大戦(太平洋戦争)末期の1945年、8月6日午前8時15分にアメリカ軍が日本の広島市に対して原子爆弾が投下された日です。これは実戦で使われた世界最初の核兵器で、この一発の兵器により当時の広島市の人口35万人(推定)のうち9万~16万6千人が被爆から2~4カ月以内に死亡したとされています。広島県、広島市などを指す「広島」が「ヒロシマ」とカナ表記される場合は、広島市への原爆投下の関連での言及が多いとのこと。
8月6日は月曜で、当時は週末の休みは無く、朝は8時が勤務開始だったそうですね。大半の労働者・徴用工・女子挺身隊、および勤労動員された中学上級生(1万数千人)たちは、三菱重工や東洋工業を始めとする数十の軍需工場での作業となったみたいです。
また建物疎開には、中学下級生(数千人)および一般市民の勤労奉仕隊(母親たち)や病気等の理由により徴兵されなかった男子等が参加したとのこと。動員は市内の他、近隣の農村からも行われたようです。建物疎開とは、空襲による類焼を食い止めるために建物の間引きを行う作業ですね。建物の破壊は軍が行い、瓦礫の処理を奉仕隊が行ったようです。彼等は原爆の熱線を直接、大量に浴びることになったそう。
尋常小学校の上級生児童は昭和20年4月に行われた集団疎開で市を離れていた者が多かったようですが、下級生児童は市内に留まっていたとのことです。児童は各地区の寺子屋学校での修学となっていたみたいで、就学以前の幼児は自宅に留まっていたんだとか。
8月3日、4日と雨が降りましたが、5日以降は高気圧に覆われて天候は回復したそう。
8月5日は深夜に2回空襲警報が発令され、その度に市民は防空壕に避難したため、寝不足の市民も多かったみたいです。この日、市街中心部では米の配給が行なわれ、市民は久しぶりの米飯の食卓を囲んだとのこと。
8月6日の朝の気温は26.7度、湿度80%、気圧1,018ヘクトパスカルだったとのこと。北北東の風約1メートル/秒が吹き、雲量8 - 9であったそうですが、薄雲であり視界は良好だったみたいです。7時9分の空襲警報で市民は一旦は防空壕に隠れたものの、7時31分には警報解除されたため、外へ出て一日の活動を開始していたようですね。
午前8時15分、やはり上田知樹も黙祷しました。
では今日はこのへんで。上田知樹でした。
2012年5月25日金曜日
田の神について
こんにちは。上田知樹です。今回も上田知樹が気になって調べたことをこちらで紹介させていただきます。
今回お話するのは、田の神について。田の神とは、日本の農耕民の間で、稲作の豊凶を見守り、あるいは、稲作の豊穣をもたらすと信じられてきた神だそうですね。農神、百姓神と呼ばれることもあるのだとか。
穀霊神・水神・守護神の諸神の性格も併せもつようですが、とくに山の神信仰や祖霊信仰との深い関連で知られる農耕神とのこと。
日本では古来、農耕神をまつる習俗のあったことが知られておりまして、『日本書紀』や『古事記』にも稲霊(いなだま)すなわち「倉稲魂」(うかのみたま)、「豊受媛神」(とようけびめのかみ)、穀霊神の大歳神(おおとしのかみ)の名がみえるそうです。
このうち、豊受媛神は『延喜式』「大殿祭祝詞」に、稲霊であり、俗にウカノミタマ(宇賀能美多麻)と呼ぶと称するという註があるそうで、このことについて柳田国男は、稲の霊を祭った巫女が神と融合して祭られるようになり、それゆえ農神は女神と考えられるようになったのではないかとしているそうです。
民間では、こうした農耕神を一般に田の神と呼称してきたようですが、東北地方では「農神」(のうがみ)、甲信地方(山梨県・長野県)では「作神」(さくがみ)、近畿地方では「作り神」、但馬(兵庫県)や因幡(鳥取県)では「亥(い)の神」、中国・四国地方では「サンバイ(様)」また瀬戸内海沿岸では「地神」などとも呼ばれるとのこと。また、起源の異なる他の信仰と結びついて、東日本ではえびす、西日本では大黒を田の神と考える地方が多く、さらに土地の神(地神)や稲荷神と同一視されることもあり、その一方で漁業神や福徳神とは明確に区別される神だそうです。
今回お話するのは、田の神について。田の神とは、日本の農耕民の間で、稲作の豊凶を見守り、あるいは、稲作の豊穣をもたらすと信じられてきた神だそうですね。農神、百姓神と呼ばれることもあるのだとか。
穀霊神・水神・守護神の諸神の性格も併せもつようですが、とくに山の神信仰や祖霊信仰との深い関連で知られる農耕神とのこと。
日本では古来、農耕神をまつる習俗のあったことが知られておりまして、『日本書紀』や『古事記』にも稲霊(いなだま)すなわち「倉稲魂」(うかのみたま)、「豊受媛神」(とようけびめのかみ)、穀霊神の大歳神(おおとしのかみ)の名がみえるそうです。
このうち、豊受媛神は『延喜式』「大殿祭祝詞」に、稲霊であり、俗にウカノミタマ(宇賀能美多麻)と呼ぶと称するという註があるそうで、このことについて柳田国男は、稲の霊を祭った巫女が神と融合して祭られるようになり、それゆえ農神は女神と考えられるようになったのではないかとしているそうです。
民間では、こうした農耕神を一般に田の神と呼称してきたようですが、東北地方では「農神」(のうがみ)、甲信地方(山梨県・長野県)では「作神」(さくがみ)、近畿地方では「作り神」、但馬(兵庫県)や因幡(鳥取県)では「亥(い)の神」、中国・四国地方では「サンバイ(様)」また瀬戸内海沿岸では「地神」などとも呼ばれるとのこと。また、起源の異なる他の信仰と結びついて、東日本ではえびす、西日本では大黒を田の神と考える地方が多く、さらに土地の神(地神)や稲荷神と同一視されることもあり、その一方で漁業神や福徳神とは明確に区別される神だそうです。
2012年3月19日月曜日
「見知らぬ女」について
こんにちは。「上田知樹の日々の出来事」です。
今回も上田知樹が調べたことを、ここで紹介させていただきますね。
今日お話するのは、ロシアの画家、イワン・クラムスコイの作品、「見知らぬ女」についてです。
モデルは定かではないそうなんですが、そこに描かれた女性は「しずかな佇まいとまっすぐな瞳」をそなえています。いまやロシアで最も有名な作品のひとつだそうですが、発表当時は高慢でふしだらな女性を描いたものだとして多くの批判を浴びており、今日の評価はひとえに人々の芸術観が変化したことによるものであるそう。フレデリック・アンドレセンは、この女性がトルストイの小説「アンナ・カレーニナ」の女主人公に触発されたものである可能性を指摘しているそうですね。同書が出版されたのは「見知らぬ女」が描かれる10年ほど前であり、実際にこの絵をカバーに採った版がいくつか存在するみたいです。トレチャコフ美術館に展示されているものの他に、やはり1883年のものとされる初期のヴァージョンがキール(ドイツ)のアートセンターに収められているのだとか。
「見知らぬ女」は絵画の歴史における肖像画の諸様式をまぜあわせて描かれているそうです。雪景色を背負った若い女性は、誇らしげであり高慢そうにみえます。目鼻立ちは整っていますが、絶世の美女というわけではないそう。その人となりは彼女の印象的なくちびる、物憂げな眼、濃いまつげといった表現によって露わになっています。まとっているのは流行りの黒い毛皮のコートと帽子、薄い革手袋であり、ペテルブルクのアニチコフ橋に馬車をとめているみたいですね。彼女がいったい何者であるのかは美術史家たちも明らかにすることができないままだそうです。クラムスコイは題に「見知らぬ女」とだけつけ、手紙や日記などでモデルについて言及することはしなかったそう。それが人々の好奇心をくすぐり、この絵画にほとんど不可解なほどの高い評価を与えているのだそうです。彼の仕事ははじめから美術界の傍流におけるいわば反抗的なもので、ロシアの美術アカデミーから追放されるまでに時間はかからなかったそうですね。しかし1883年ごろにはその名がよく知られるようになり、アレクサンドル3世といった最高のパトロンのもとでその肖像画を描くまでになっているそう。そしてまたクラムスコイは移動派の創設者であり指導者という顔ももっていたようです。しかし、「見知らぬ女」が初めて発表されたときのセンセーショナルな評判は、作品の審美的な側面によるものというより、そこに描き込まれた主題と関わっていたそう。この「見知らぬ女」は娼婦であると決めつけられ、無数の批判を浴びたのだとか。「馬車にのったコケット」の絵だという評者がいれば、「全身をビロードと毛皮でつつみ、華美な馬車の上から冷笑的で、訴えかけるような眼差しをこちらに向ける、挑発的なまでに美しい女。路上で売りさばいた貞操の対価を装いとして身にまとう卑しい女を野放しにするような大都市の残りかすではないか」とまでいうものもいたそうです。クラムスコイ自身は、「いったいどんな女性なのかわからないという人もいます。慎ましやかなのか、それとも自分を売り物にしているのか。しかし彼女のうちには、あらゆるものがある」と話しているようですね。 パーヴェル・トレチャコフでさえはじめはこの作品を自身のコレクションに加えることを拒んでいたそうですが、「見知らぬ女」の人気はすぐに不動のものとなっていったようです。クラムスコイに続く若きアーティストたちのあいだで美しき罪というテーマが一般的なものとなったこともその理由のひとつに挙げられるのだそう。2008年、グッゲンハイム美術館のキュレーター、ヴァレリー・ヒリングスは、「じっさい『アンナ・カレーニナ』のような女としてみる人間は多い。彼女はそういった類の特別な感情を抱かせる、特別なロシア人女性なのです」と証言しているようです。
お時間が空いたときにでも、作品を見てみてはいかがでしょうか。
それでは今日はこのへんで。上田知樹でした。
今回も上田知樹が調べたことを、ここで紹介させていただきますね。
今日お話するのは、ロシアの画家、イワン・クラムスコイの作品、「見知らぬ女」についてです。
モデルは定かではないそうなんですが、そこに描かれた女性は「しずかな佇まいとまっすぐな瞳」をそなえています。いまやロシアで最も有名な作品のひとつだそうですが、発表当時は高慢でふしだらな女性を描いたものだとして多くの批判を浴びており、今日の評価はひとえに人々の芸術観が変化したことによるものであるそう。フレデリック・アンドレセンは、この女性がトルストイの小説「アンナ・カレーニナ」の女主人公に触発されたものである可能性を指摘しているそうですね。同書が出版されたのは「見知らぬ女」が描かれる10年ほど前であり、実際にこの絵をカバーに採った版がいくつか存在するみたいです。トレチャコフ美術館に展示されているものの他に、やはり1883年のものとされる初期のヴァージョンがキール(ドイツ)のアートセンターに収められているのだとか。
「見知らぬ女」は絵画の歴史における肖像画の諸様式をまぜあわせて描かれているそうです。雪景色を背負った若い女性は、誇らしげであり高慢そうにみえます。目鼻立ちは整っていますが、絶世の美女というわけではないそう。その人となりは彼女の印象的なくちびる、物憂げな眼、濃いまつげといった表現によって露わになっています。まとっているのは流行りの黒い毛皮のコートと帽子、薄い革手袋であり、ペテルブルクのアニチコフ橋に馬車をとめているみたいですね。彼女がいったい何者であるのかは美術史家たちも明らかにすることができないままだそうです。クラムスコイは題に「見知らぬ女」とだけつけ、手紙や日記などでモデルについて言及することはしなかったそう。それが人々の好奇心をくすぐり、この絵画にほとんど不可解なほどの高い評価を与えているのだそうです。彼の仕事ははじめから美術界の傍流におけるいわば反抗的なもので、ロシアの美術アカデミーから追放されるまでに時間はかからなかったそうですね。しかし1883年ごろにはその名がよく知られるようになり、アレクサンドル3世といった最高のパトロンのもとでその肖像画を描くまでになっているそう。そしてまたクラムスコイは移動派の創設者であり指導者という顔ももっていたようです。しかし、「見知らぬ女」が初めて発表されたときのセンセーショナルな評判は、作品の審美的な側面によるものというより、そこに描き込まれた主題と関わっていたそう。この「見知らぬ女」は娼婦であると決めつけられ、無数の批判を浴びたのだとか。「馬車にのったコケット」の絵だという評者がいれば、「全身をビロードと毛皮でつつみ、華美な馬車の上から冷笑的で、訴えかけるような眼差しをこちらに向ける、挑発的なまでに美しい女。路上で売りさばいた貞操の対価を装いとして身にまとう卑しい女を野放しにするような大都市の残りかすではないか」とまでいうものもいたそうです。クラムスコイ自身は、「いったいどんな女性なのかわからないという人もいます。慎ましやかなのか、それとも自分を売り物にしているのか。しかし彼女のうちには、あらゆるものがある」と話しているようですね。 パーヴェル・トレチャコフでさえはじめはこの作品を自身のコレクションに加えることを拒んでいたそうですが、「見知らぬ女」の人気はすぐに不動のものとなっていったようです。クラムスコイに続く若きアーティストたちのあいだで美しき罪というテーマが一般的なものとなったこともその理由のひとつに挙げられるのだそう。2008年、グッゲンハイム美術館のキュレーター、ヴァレリー・ヒリングスは、「じっさい『アンナ・カレーニナ』のような女としてみる人間は多い。彼女はそういった類の特別な感情を抱かせる、特別なロシア人女性なのです」と証言しているようです。
お時間が空いたときにでも、作品を見てみてはいかがでしょうか。
それでは今日はこのへんで。上田知樹でした。
2012年2月13日月曜日
子守唄について
「上田知樹の日々の出来事」です。こんにちは。今回も、上田知樹が興味を持ったものについて調べてみたので、紹介させていただきますね。
今回お話するのは、子守唄についてです。
子守唄は、皆さんご存知の通り、子供を寝かしつけたり、あやしたりするために歌われる歌の一種ですよね。世界各国で様々なものが歌い継がれているそうです。ララバイ (lullaby)、揺籃歌(ようらんか)ともいうのだとか。子供を抱いたり、あるいは揺りかごで揺らしながら歌ったため、そのようなゆっくりしたリズムを持つものが多いのだそうです。
クラシック音楽でも子守唄の名を付けた小品は多いようで、ベルナルト・フリース、シューベルト、ブラームス、ゴダール(ジョスランの子守唄)などのものが有名だそう。ピアノ曲(ショパン)やその他の器楽曲もあるみたいですね。
「ねんねんころりよ」で始まる日本の「江戸子守唄」は、江戸時代より代々受け継がれてきた歴史の長い唄だそうです。
日本の子守唄には、親が歌うのでなく、幼くして故郷を離れた子守り娘が歌ったものも多いのだとか。これらは彼女らが自分の辛さを歌ったもので、歌詞も曲調も暗いものとなりがちで、中には恨みをぶちまけたり、世間を辛辣に皮肉ったものなどもあるのだそうです。
今回お話するのは、子守唄についてです。
子守唄は、皆さんご存知の通り、子供を寝かしつけたり、あやしたりするために歌われる歌の一種ですよね。世界各国で様々なものが歌い継がれているそうです。ララバイ (lullaby)、揺籃歌(ようらんか)ともいうのだとか。子供を抱いたり、あるいは揺りかごで揺らしながら歌ったため、そのようなゆっくりしたリズムを持つものが多いのだそうです。
クラシック音楽でも子守唄の名を付けた小品は多いようで、ベルナルト・フリース、シューベルト、ブラームス、ゴダール(ジョスランの子守唄)などのものが有名だそう。ピアノ曲(ショパン)やその他の器楽曲もあるみたいですね。
「ねんねんころりよ」で始まる日本の「江戸子守唄」は、江戸時代より代々受け継がれてきた歴史の長い唄だそうです。
日本の子守唄には、親が歌うのでなく、幼くして故郷を離れた子守り娘が歌ったものも多いのだとか。これらは彼女らが自分の辛さを歌ったもので、歌詞も曲調も暗いものとなりがちで、中には恨みをぶちまけたり、世間を辛辣に皮肉ったものなどもあるのだそうです。
2012年1月18日水曜日
アオカケスについて
こんにちは!上田知樹です。今日も「上田知樹の日々の出来事」はじめていきますね。
今回お話するのはアオカケス(青懸巣)について。アオカケスは、動物界脊索動物門鳥綱スズメ目カラス科に分類される鳥で、アメリカ合衆国東部、カナダ南部に生息しています。
全長は30cmほどで、英名や和名の通り頭頂部や背面、尾羽は鮮やかな青い羽毛で覆われています。翼や尾羽の先端部の羽毛は白いです。種小名cristataは「鶏冠のある」の意味で、名前の通り頭頂部の冠羽は発達するのだそう。頭部の羽毛は黒く、眼の周囲や咽頭部の羽毛は白いみたいですね。腹面は灰色の羽毛で覆われています。
森林や農耕地、市街地等に生息し、ペアで縄張りを形成して生活しているとのこと。英名のJayは「ジェイ、ジェイ」と聞こえる鳴き声に由来するそうですが、猛禽類の鳴き声を真似て威嚇等に用いることもあるのだとか。
食性は雑食で、昆虫類、節足動物、鳥類の卵や雛、果実、種子等を食べます。食物を貯蔵しますが、これには縄張り内の餌をなくすことで侵入者を減らす働きがあると考えられているのだとか。
繁殖形態は卵生で、樹木の上に木の枝や草の茎、樹木の細い根などを組み合わせた巣を作るそう。建物の上に営巣することもあるみたいですね。
それでは。上田知樹でした。
今回お話するのはアオカケス(青懸巣)について。アオカケスは、動物界脊索動物門鳥綱スズメ目カラス科に分類される鳥で、アメリカ合衆国東部、カナダ南部に生息しています。
全長は30cmほどで、英名や和名の通り頭頂部や背面、尾羽は鮮やかな青い羽毛で覆われています。翼や尾羽の先端部の羽毛は白いです。種小名cristataは「鶏冠のある」の意味で、名前の通り頭頂部の冠羽は発達するのだそう。頭部の羽毛は黒く、眼の周囲や咽頭部の羽毛は白いみたいですね。腹面は灰色の羽毛で覆われています。
森林や農耕地、市街地等に生息し、ペアで縄張りを形成して生活しているとのこと。英名のJayは「ジェイ、ジェイ」と聞こえる鳴き声に由来するそうですが、猛禽類の鳴き声を真似て威嚇等に用いることもあるのだとか。
食性は雑食で、昆虫類、節足動物、鳥類の卵や雛、果実、種子等を食べます。食物を貯蔵しますが、これには縄張り内の餌をなくすことで侵入者を減らす働きがあると考えられているのだとか。
繁殖形態は卵生で、樹木の上に木の枝や草の茎、樹木の細い根などを組み合わせた巣を作るそう。建物の上に営巣することもあるみたいですね。
それでは。上田知樹でした。
2011年12月21日水曜日
おでんについて調べてみました。
「上田知樹の日々の出来事」です、こんにちは。
今回は、おでんについて調べてみました。
おでん(御田)は、日本料理のうち、煮物料理の一種ですね。鍋料理にも分類されるそうです。
出汁を醤油などで味付けしたつゆに、大根、竹輪、コンニャク、ゆで卵などさまざまなおでん種(おでんだね: 単に種(たね)とも言う)を入れて煮込んだ料理です。おでん種の種類は地域や家庭によって異なるのだとか。
室町時代に出現した味噌田楽が原型で、田楽と呼ばれた料理には種を串刺しにして焼いた「焼き田楽」のほか、種を茹でた「煮込み田楽」があり、煮込み田楽は上方では種を昆布だしの中で温め甘味噌をつけて供したそうなんですが、江戸では、近郊の銚子や野田で醤油の醸造が盛んになったため、かつおだしに醤油や砂糖、みりんを入れた甘辛い汁で煮込むようになったのだとか。それから女房言葉で田楽の「でん」に接頭語「お」を付けた「おでん」と呼ばれるようになり、単に田楽といえば味噌田楽をさすようになったそうですよ。江戸では振売や屋台で売られたそうですが、焼き田楽よりも煮込み田楽、その中でもおでんが、江戸の町民には好まれたのだとか。
おでんの名前の由来、意外でしたね。
こういうのを調べていると、だんだんおでんが食べたくなります(笑)
今回は、おでんについて調べてみました。
おでん(御田)は、日本料理のうち、煮物料理の一種ですね。鍋料理にも分類されるそうです。
出汁を醤油などで味付けしたつゆに、大根、竹輪、コンニャク、ゆで卵などさまざまなおでん種(おでんだね: 単に種(たね)とも言う)を入れて煮込んだ料理です。おでん種の種類は地域や家庭によって異なるのだとか。
室町時代に出現した味噌田楽が原型で、田楽と呼ばれた料理には種を串刺しにして焼いた「焼き田楽」のほか、種を茹でた「煮込み田楽」があり、煮込み田楽は上方では種を昆布だしの中で温め甘味噌をつけて供したそうなんですが、江戸では、近郊の銚子や野田で醤油の醸造が盛んになったため、かつおだしに醤油や砂糖、みりんを入れた甘辛い汁で煮込むようになったのだとか。それから女房言葉で田楽の「でん」に接頭語「お」を付けた「おでん」と呼ばれるようになり、単に田楽といえば味噌田楽をさすようになったそうですよ。江戸では振売や屋台で売られたそうですが、焼き田楽よりも煮込み田楽、その中でもおでんが、江戸の町民には好まれたのだとか。
おでんの名前の由来、意外でしたね。
こういうのを調べていると、だんだんおでんが食べたくなります(笑)
2011年10月31日月曜日
上田知樹と地球・火星の夕焼け
上田知樹です、こんにちは。今回お話するのは、夕焼けについて。調べてみたので、お話させていただきます。
夕焼けは日没の頃、西の地平線に近い空が赤く見える現象のことですね。
以下、夕焼けの原理です。
光は一般に、その固有波長が障害物よりも大きければ通過しやすい傾向にあり、この現象はレイリー散乱と呼ばれる。日中は長波長(約700nm)の赤色光などは大気中を直線的に通過し、観察者の視野には光源である太陽の見た目の大きさの範囲に収まってしまう。一方短波長(約470nm)の青色光は大気の熱的ゆらぎにより散乱するため空は青く見える。しかしながら夕方になると光線の入射角が浅くなり、大気層を通過する距離が伸びる。すると青色光は障害物に衝突する頻度が増し、かえって吸収されるなどの要因から地表に到達しにくくなる。代わって黄(約580nm)、橙(約610nm)、赤などの長波長光線が散乱され、太陽が沈む方向の空が赤く見えることになる。
wikipediaさんより引用させていただきました。
また、同ページには、夕焼けに関する現象が書かれていたりしましたね。
1883年に世界中で観測されたと言う、鮮やかな夕焼けは是非とも上田知樹も見てみたかったです。グリーンフラッシュという現象も興味深いですね。
あと、火星で見られる夕焼けですが、これはピンクの空と青い夕焼けなんだそうです。大気による短波長の散乱よりちりによる長波長の散乱が卓越するためなんだそうなんですが、青い夕焼けなんてどんな感じなのかとても気になりますよね。一応動画を見つけてきたので、貼り付けさせていただきます。
それでは今日はこの辺で。上田知樹でした。
夕焼けは日没の頃、西の地平線に近い空が赤く見える現象のことですね。
以下、夕焼けの原理です。
光は一般に、その固有波長が障害物よりも大きければ通過しやすい傾向にあり、この現象はレイリー散乱と呼ばれる。日中は長波長(約700nm)の赤色光などは大気中を直線的に通過し、観察者の視野には光源である太陽の見た目の大きさの範囲に収まってしまう。一方短波長(約470nm)の青色光は大気の熱的ゆらぎにより散乱するため空は青く見える。しかしながら夕方になると光線の入射角が浅くなり、大気層を通過する距離が伸びる。すると青色光は障害物に衝突する頻度が増し、かえって吸収されるなどの要因から地表に到達しにくくなる。代わって黄(約580nm)、橙(約610nm)、赤などの長波長光線が散乱され、太陽が沈む方向の空が赤く見えることになる。
wikipediaさんより引用させていただきました。
また、同ページには、夕焼けに関する現象が書かれていたりしましたね。
1883年に世界中で観測されたと言う、鮮やかな夕焼けは是非とも上田知樹も見てみたかったです。グリーンフラッシュという現象も興味深いですね。
あと、火星で見られる夕焼けですが、これはピンクの空と青い夕焼けなんだそうです。大気による短波長の散乱よりちりによる長波長の散乱が卓越するためなんだそうなんですが、青い夕焼けなんてどんな感じなのかとても気になりますよね。一応動画を見つけてきたので、貼り付けさせていただきます。
それでは今日はこの辺で。上田知樹でした。
登録:
投稿 (Atom)